2013年12月25日水曜日

<10> W(ダブル)赤松、そして誰とでも赤松

 前回、自分のルーツが播磨の赤松氏にあることを知り、驚きのあまりに、のたうち回った僕だったが、さらに大河ドラマな展開が待っていることに衝撃を受けた。

 いくら日本史で有名とはいえ、いくら日本史で大学受験したとはいえ、播磨の「赤松氏」のことを都合よく覚えていた、というのはちょっと出来すぎている。

 そう、僕にはそれ以外に「赤松氏」のことをよく知っている理由があったのである。


 まだ、小さかった頃、母方の親戚の家に遊びにいったことがあるのだが、そこのお父さんは郵便局長さんをなさっていて、某播磨地域の端っこに住んでいた。

 いまから思えば、特定郵便局だっただろうから、かのお父さんは地元の名士の一家の末裔であったのだろう。

 そう、そのおうちの名前が「赤松」さんだったのである!


 なんでも、聞くところによれば、うちの母の一族とその赤松さんの家とは縁があって、母の母の母が、赤松家から母の家に嫁いできたらしい。


 ということは、めぐりめぐって僕や僕のきょうだいは、なんということでしょう!父方からも母方からも「赤松」一族の血を受け継いでいるらしいことになる。


 まさにW(ダブル)赤松!!

 そして、赤松の倍返しだ!!


・・・・・・2013年でしか通用しない冗談はさておき、それから僕は「赤松氏」のことをより調べるようになった。


 赤松氏族大塚氏とは、いったいどんな歴史を持つ一族なのか!

 そこには、さらなる歴史の深みが待ち受けていたのであった!



0 件のコメント:

コメントを投稿