2021年6月6日日曜日

TBS Nスタに出演しました!

 

 まいどおなじみ大塚某でございます。

 

 先日は、TBSさんのニュース番組「Nスタ」さんに出演しましたので、現在苗字調査の依頼を複数受けております。

 

 出演時間はごく少なかったのですが、コロナ禍の副業としておうちで活動できる内容として紹介されていました。

 

 苗字調べ、ルーツ調べの多くは「ココナラ」さんでサービスをアップしています。

 

 ぜひ、ご利用ください。

 

 ココナラ

https://coconala.com/ 


苗字研究のページ

https://coconala.com/users/137871 



2021年2月26日金曜日

「葉隠」に出てくる大塚氏

 

 先日、佐賀藩にゆかりがある大塚さんからコメントがあったので、佐賀藩士系の大塚氏のルーツについていろいろ考えている。

 

 そのうち、メモ代わりとして「葉隠」に出てくる「大塚氏」についての考察。

 

 

■ 大塚勝右衛門全正

 ・・・「北肥戦誌」によく出てくる大塚勝右衛門の子孫か?  

 ・・・神代家(川久保領)の侍。寛文八年歿。享年五十二。逆算するとこの人物は江戸時代に入ってからの元和年間生まれということになる。 


權之助俊定の弟、左大夫令利の養子 「佐賀県近世史料第八編第一巻」)

 

 

 ■ 大塚権之助俊定

 ・・・全正の兄。武雄鍋島家の侍を経て白石鍋島家の侍大将。物成
百石。延宝六年歿。享年六十八。

 

 ■ 大塚左太夫良長

 

 

 

→ これらからの推察。

 

 おそらく佐賀藩大塚氏の主要系譜は、「大塚勝右衛門全正」がその祖であろうと思う。これは神代家の資料でも確認できる。(神代家文書目録)

 

  一次資料としての佐賀藩大塚氏の系譜は、「勝右衛門」からしか確認できなさそうだが、北肥戦誌の内容から考えると、神代家に仕えていた

 

「大塚隠岐」

 

らの一族と考えられる。

 

 勝右衛門全正が戦国時代の人間ではないので、ちょっと難しいのだが、大塚隠岐らの世代が神代家に仕えていて、勝右衛門全正がその次の世代に相当すると思われる。

 

 ここで検討したいのは、大塚隠岐ではなく、おなじ北肥戦誌に出てくる「大塚勝右衛門」との関係である。

 

 こちらの「勝右衛門」は

 

■ 龍造寺隆信の家臣。

■ 天正5年頃、有馬氏との戦いに功績を上げている。

■ 鍋島信生が肥後和仁城攻めをしている際に、同行している。

■ 天正7年、筑後山下城(蒲池志摩守鑑広の城・八女市)攻めにて一番槍

 

などがわかる。

 

 

 神代家は元亀2年(1571)には龍造寺に降っているので、大塚勝右衛門がもともと「神代家臣」であったとしてもつじつまは十分に合う。

 

(長良自身は天正9年に、45歳で没している)

 

 大塚隠岐の年齢、年代との突合せはすでに検討しており、

 

https://samurai-otsuka.blogspot.com/2014/06/blog-post_12.html

 

において


「大塚隠岐守が、長良より年上の家臣だったとして、天正9年時点で最大55歳程度、年下の家臣だったとして、最少35歳程度と想定できる。」

 

 としている。

 

 

 そうすると、

 

□ 神代家臣の大塚隠岐は天正年間に筑後へ移動してそのまま隠居した。

□ 隠岐の家督を継いだか、その次の世代が「大塚勝右衛門」

□ その次の世代が”神代家臣”の大塚勝右衛門全正

□ かくして佐賀藩士大塚氏の系統ができあがる。

 

■ ちなみに、佐賀藩には「大塚左京」系の大塚氏も存在する。

 (武藤少弐興亡史)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年10月9日金曜日

読売テレビ 「任意同行願えますか?」に出演しました。

  今年はテレビが重なり、10月8日放送の読売テレビ「任意同行願えますか?」に出演しました!

 

任意同行願えますか?

https://www.ytv.co.jp/ninidoukou/

 

 苗字調べの方法について、誰にでもできる簡単なスタート法として「姓氏家系大辞典」が国立国会図書館のサイトで見られるよ、という話をしたのですが、そのせいか


 放送からしばらく、国会図書館のサーバーがアクセス不能になる!


という事態を引き起こしたらしいです。ごめんなさい!!

 

 ツイッターでは、「国会図書館のサイトが見られない!」の声が続出だったようで、みんな自分の苗字には興味があるんだな~とあらためて思った次第。

 

 

MCの劇団ひとりさん、ファーストサマーウイカさん、DJ松永さん、そしてゲストの武井壮さんはみなとても親切で、私は初めてのスタジオ収録でしたが、和気あいあいと楽しく進めることができました。

 

 心より感謝申し上げます。

 

  また、ココナラのスタッフさんも、今回は同席いただき、こちらもかなりお世話になっております。

 

 苗字調べサービスはココナラで受付していますので、人数制限、件数制限はありますが、気長にお待ちいただき、またお申し込みいただければと思います。

 

ココナラ・苗字研究

https://profile.coconala.com/users/137871/services 

 

 ご先祖様は逃げない!

 

 

が合言葉です(^^

 

 

 

2020年7月30日木曜日

テレビ朝日「ハナタカ優越館」に出演しました。



 ご無沙汰しております。大塚某です。


 本日はテレビ朝日さんの「ハナタカ優越館」に出演しておりましたので、お気づきになられた方も多いと思います。




 その証拠に、このブログのアクセスがどかんと増えておりました(苦笑)


 いつもメディアに出ると、そのあと苗字調べの依頼件数もどかんと増えますので、なるべく事前告知をしたりせず、一人ひとりのご依頼になるべく時間をかけて丁寧に応対できるように心がけています。


 もちろん、知り合いなどにも出演のことはいつも伏せているのですが、今回は昔の知り合いにバレてしまいまして


「テレビみたよ~!」


とさっそくLINEが来ていました。


「相変わらず、首がないなあ!」


と。(首が短いといいたいらしい)


ほっときたまえ!!



 

2020年5月26日火曜日

<122> 肥前・筑後の大塚氏のルーツ


 久しぶりにわが苗字である「大塚」氏について調査を再開したのと、ココナラさんでのお仕事である苗字調べのためにいくつか新資料を購入した。九州系の苗字調べの依頼も多いので、役にたつことと思う。


 その中で、うちの大塚姓に関する部分を今回ご紹介するとすれば



 ■1 「佐賀藩の総合研究」 藤野保 1981


 ■2 「三根町史」 1984


 ■3 「系図研究の基礎知識」 近藤出版社


の3点を挙げておこう。


 「佐賀藩の総合研究」のほうは、その後続編が執筆されているが、私の分野だと中世から江戸初期までなので、第一巻のほうが当てはまる。

 


 この2冊の購入で、めちゃくちゃ目新しいことがわかったか?と言われれば実はどこかで聞きかじっていることばかりで、特に新事実は無かったのだが、それらを補完する周辺事項としてはたいへんに役に立った。




 では、肥前・筑後の大塚氏についておさらいである。



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 「佐賀藩の総合研究」における記載事項としては、まず


少弐経資の弟、「少弐資俊」から西氏がはじまった


ことが書かれている。 この事項そのものは、「武藤少弐興亡史」 渡辺文吉 1989に書かれていることと同じであるが。


(既出)
 https://samurai-otsuka.blogspot.com/2014/07/blog-post_8379.html


 少弐資俊が「西筑前守」を称して西氏をスタートさせたことが、判明しているというわけだ。


 
 それから嘉吉元年あたりの少弐子孫として「大塚」の記載がある。これは、「北肥戦誌」の記述を引っ張ってきたものであり、こちらも当方では既出。


 大塚氏がその後、「竜造寺家臣」として続いた話もちらりと書かれている。


 このあたりの話は、渡辺文吉さんが発掘した「大塚系譜」のほうが詳しいし、それに登場する細かな人物名が「北肥戦誌」と合致するので、おおむねこの系譜の内容はざっくり信頼できるということになるだろう。



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 一方「三根町史」においては大塚氏の扱いは薄い!


 大塚氏がほぼ三養基郡から出ていることは間違いないのだが、残念ながら大塚氏の存在が表に出てきた時代が遅いからか、ほとんど言及がなかった。



 ただ、傍証となる記載はいくつかある。現在、はっきりとその場所が明らかになっていないが、



 三根郡大塚村



が存在したことが一次資料の文書で示される。


 「三根町史」では、三根に入った横岳氏の話はたっぷり出てくるが、これまた残念なことに大塚村がいったいどこでどうなっているのかも話としては出てこない。


 

 もうひとつ、気になる話もある。これは話が合致するのか未検証だが、


「三根西郷」

「三根東郷」もある


というエリアがあって、個人的には「西氏」の苗字のルーツはこの西郷なのではないか?と思う。



 三根西郷は、三根郡大庄屋の管轄エリアで、三根東郷は養父郡大庄屋の管轄エリアであることも示されている。



 別の本だが「佐賀藩研究論攷」池田史郎 によると三根郡西郷に上峰町が入っているとのこと。


 
 古墳めぐりウォーキングさんのサイト
http://kofunmeguriwalking.web.fc2.com/plan/miyaki-1.html


を参照すると、この三養基エリアには「大塚のもとになる古墳」がたくさんあることがわかる。


 撤退した”イオン上峰”あたりが、大塚氏の発祥の地ではないかと推測しているのだが、いかがだろうか。




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 それから「系図研究の基礎知識」では、


 龍造寺家重が大塚氏を称する


 話が出てくる。 子孫は鍋島氏の家臣となったとされているが、こんな重要な話なのに、元ネタがわからない。


 たぶん、犬塚家重の間違い・誤植だと思うが・・・。


龍造寺高房のきょうだいが、「犬塚家重」として犬塚の名跡を継いでいる話のことだと思われる。


龍造寺高房
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E9%80%A0%E5%AF%BA%E9%AB%98%E6%88%BF






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 今回はここまで!!!




 

2020年5月19日火曜日

<121>三潴大塚氏探しの旅は続く 〜史籍集覧に「歴代鎮西要略」発見〜


 まったくもってお久しぶりの投稿です。

 九州の大塚氏探しの研究は一時中断しながら、いまではすっかり他人様の苗字調べ、ルーツ探しの専門家のようになってしまいましたが、この間、ココナラさんを中心にしている活動でテレビに出たり、雑誌に載ったりと、バタバタしておりました。


 で、当家大塚氏のルーツを探す本来のミッションは、年にひとつかふたつくらい、新しい事実が出てくるか出てこないか、ぐらいの


低頻度!

になってしまっています。まあ、ルーツ探しというのはそんなもんで、最初のほうはどんどん資料が出てくるものの、どんどん出現率が下がります。



 さて、今回見つかったのは、我が家の祖先がどうも「大塚隠岐」という人物なのではないか、という仮説の中で探していた「歴代鎮西要略」の電子版を発見したというお話。



 グーグルブックス版 史籍集覧「歴代鎮西要略 七」

 https://play.google.com/books/reader?id=LO1j1yieZbsC&hl=ja&pg=GBS.PP1



 この歴代鎮西要略は、いろんなところに電子版が紛れているんですが、部分部分や一部だったりして、ネットで必要な箇所を探すのが難しくなっています。



 記述の内容については古書で手に入れた歴代鎮西要略より比較検討は済んでいます。





<117>「歴代鎮西志」と「歴代鎮西要略」における、大塚隠岐の記述を比較する

https://samurai-otsuka.blogspot.com/2016/03/blog-post.html



をご参照あれ。




2020年4月8日水曜日

BUSINESS INSIDER さんの記事で紹介されました。



 面白いもので・・・、といえば不謹慎なのですが、不思議なもので今回のコロナウイルス騒動で、日本中の経済がしっちゃかめっちゃかになっていますが、こちらの

「名字のルーツを探る」

https://coconala.com/services/41874


というお仕事の依頼が、びっくりするほど激減しています。



 正直なところ、それどころじゃないわ!という方が多いのだと実感します。



 不要不急を避ける



ことが推奨されていますが、まさにその通りで、今の生活に関係のないものは極力セーブしていこう、ということが大事であり、かつ、経済がそれによって影響を受けるということがはっきり体感できた出来事でした。



 というわけで、ふだんなら「待ち」が出るほどの当方のサービスなのですが、今は空いております。



 空いていることが、日本経済がよくないことを示しているだなんて、逆に悲しいお話ですが・・・。



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 さて、BUSINESS INSIDER さんでも少しだけ当方のサービスが取り上げられていました。




「すきま時間副業」が増加中。新型コロナで伸びた在宅時間「有効に使いたい」
https://www.businessinsider.jp/post-210811




 コロナ騒動で在宅勤務になったり、待機時間ができたりして副業をはじめる人が多いというお話。



 しかしまあ、水を差すようで申し訳ないのですが、副業のほうも需要減少しているという笑えないオチがついてしまいまして・・・。



 ここが踏ん張りどころだと思います。



 とりあえず、本業のほうもしっかり頑張っていきます。