2014年1月1日水曜日

<特別編>姫路城に行ってきました。

 新年、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!


 いつもは赤松氏と大塚氏について語りまくっている当ブログですが、今日は特別編です。

 というわけで、元日無料公開の「姫路城」へ行ってきました。

 

 姫路城には何度も行っているのですが、あまりに人が多かったので今まで「天空の白鷺」に入ったことがありませんでした。ところが、いよいよ屋根の上の公開も1月半ばまで、ということで、閉まる前にいかなあかん!と


元旦に朝のオープンを狙って


突入して参りました!

 それでも、前に800人くらいいて、1時間は軽く待たされました(苦笑) 平常時は2時間半くらい待たされるので、まだましかな・・・・・・。



 はい!これがてっぺんの様子です。既に工事は終了しているので、じっくりゆっくり見ることができます。銀色の瓦と白い漆喰が美しい!

 この姫路城、わが大塚一族にとっても、無関係というわけではなさそうです。何といっても、初代砦を築いたのは赤松氏で、次に姫路城の城郭としての基礎を作ったのは小寺氏-黒田官兵衛だそうですから、赤松の城といっても過言ではありません(笑)←過言。

 今の姫路城としての完成形を作ったのはその後姫路に入った池田氏ですので、そこからは赤松系の手を離れますが、やはり播磨には赤松の遺構がたくさんありますね。


 さてこの姫路城、今でこそ国内最大級の城として親しまれているものの、三木合戦の頃までは、播磨には

「御着城」(小寺氏)

「三木城」(別所氏)

「英賀城」(三木氏)

という播磨三大城なるものが大きく、本来姫路城の方が先に作られているものの、姫路城は御着城の支城扱いだったそうです。

  小寺家臣の黒田氏が、姫路城を守るのもこのためで、メインは御着城、サブが姫路城、という感じですね。


 最終的に、播磨の各城が秀吉方に負けて滅びてしまうわけですが、その時点で官兵衛ちゃんが、秀吉に姫路城をプレゼントして、秀吉によって姫路は播磨の中心地域に整備されていく、というわけだそうで。

 姫路城はいつ行っても面白いので、ぜひ一度遊びに行ってみてください!




 

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