2016年4月20日水曜日

<調査中>岡山県の大塚さん(追補) 三人の大塚氏の謎?! 

 もうずいぶん前に、岡山の大塚さんについて考察していたのだが、



<調査中><63>岡山県の大塚さん ~陣内孝則さんを見ると涙がでちゃう~ 
 http://samurai-otsuka.blogspot.jp/2014/05/blog-post_11.html


 玉野市に則武姓から大塚姓へ変わった一族がおられることを挙げていた。
 ところが、興味深いことに、この玉野市に「別の?」大塚氏が存在することがわかったのである。



 大崎歴史コース サイトより
http://tamanokankou.com/kankou/oosaki.htm

 岡山県内五輪塔 さんのサイトより
http://blog.goo.ne.jp/yamane3993/e/3fdedfcf166eeaed785fc7799805d4a6 

 おなじ玉野市でありながら、こちらの大塚氏の元姓は
 「国富氏」
 になっている。




  さらに、おなじ麦飯山城の戦いの後日談として、

 横田コミュニティサイト  さん
 http://www.yokota-chiku.org/culturalassets10.html

 
 を参考にすると、こちらの大塚氏は
「横田氏」
 でもあることがわかる。




 さあ、則武・国富・横田の3つの名字と大塚氏が関係しそうなのだが!この謎やいかに!!!

 ==========
 というわけで、謎解き開始。 



 まず、岡山県玉野に「常山城」と「麦飯山城」が隣同士のように建っている。

 常山城のもともとの城主は「上野氏」であり、彼らは備中の戦国大名「三村氏」の親戚であった、という。

 天正3年に毛利氏によって三村氏は攻撃を受け、三村系が最後に立てこもったのが常山城であり、上野氏も滅亡。

 のちに豊臣時代になって、宇喜多氏家臣の「戸川秀安」がこの地に入る、という流れである。


 
 この戸川秀安は「友林」と号していたので、その廟所が「友林堂」となる。

 ということは、友林の位牌を守っていた則武大塚氏は、宇喜多系・戸川家臣ということになろう。


 前回の記事で、則武氏はもと武田氏で、宇喜多に仕えたということがわかっているので、これは話が合致する。


===========


 さて、おとなりの麦飯山城であるが、ここで起きた戦いは、先の横田コミュニティサイトさんに別に説明がある。

http://www.yokota-chiku.org/culturalassets1.html


カンタンに言えば、麦飯山は、宇喜多氏の支城で「明石氏」の居城だったのだが、毛利・小早川に攻められて滅んだわけである。


 これで、常山と麦飯山の関係がちょっと明らかになった。



==========


さて、国富大塚氏は、常山落城に際して、 玉野市八浜町大崎に帰農して大塚姓となった。つまり、この大塚氏も、宇喜多家臣である。


ところで、明石氏が滅んだのは1579年のこと。

1763年にこの地の大庄屋、大塚与兵衛(子孫は横田氏)が81歳で亡くなっている。

http://www.yokota-chiku.org/whatsnew/shinchaku/yokota_658.html


この家系については


 ごさんべえさんのサイト

http://gos.but.jp/yokotat.htm


に詳しく追跡が載っている。


 そして、これと合致する系図が、おなじごさんべえさんのサイトにあり、


http://gos.but.jp/otsukat.htm


国富氏がルーツである、と合致するのである。



==========

 これで、おおむねの結論が出てきた。


この地の大塚氏には「則武系」と「国富系」の2氏があって、国富系からは、住んでいた土地の名をとって「横田氏」が出た、ということで落ち着きそうだ。






 

2016年4月18日月曜日

<基礎資料> 戦国「軍記物」総覧 <常に追加更新中>



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注意:今回の記事は、歴史研究や先祖探しのために皆さんが利用し易いようにまとめた目録のみです。


最終更新日 2016.4.18


★当目録は、姓氏調査のために使用できる戦国時代の争乱に関する「軍記物(ならびにその類)」についてまとめたものである。

★当目録では各軍記物類について、

 ①書名・発行者などの情報

 ②現在における入手・閲覧方法(特にWEB等)

を随時更新して記載してゆく。


★分類についてはウィキペディアに準ずる。

軍記物
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%8D%E8%A8%98%E7%89%A9



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■ 両細川の乱~三好家の台頭(畿内)

◇ 「室町殿物語」

国史叢書 国史研究会T3
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/948825


◇ 「瓦林正頼記」

史籍集覧 第十三冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920348



■ 永享の乱~享徳の乱(関東)

◇ 「鎌倉公方九代記/鎌倉九代後記」

国史叢書 国史研究会T3
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/948807

同
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3441709


■ 東北の戦乱

◇ 「老士雑談」

史籍集覧 第十三冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920348


◇ 「会津四家合考」

国史叢書 国史研究会T4 その1
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3441723

国史叢書 国史研究会T4 その2
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3441724



■ 関東の戦乱

◇ 「加沢記」

上毛郷土史研究会T14
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1020961


◇ 「上州知乱記」

国史叢書 国史研究会T4
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3441725


◇ 「小田軍記」「千葉伝考記」「里見九代記」

国史叢書 国史研究会T5
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3441729


◇ 「北条五代記」

史籍集覧 第五冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3431172


◇ 「那須記」

史籍集覧 第十四冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920363



■ 甲信越の戦乱

◇ 「武田三代軍記」

国史叢書 国史研究会 その1
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3441730


国史叢書 国史研究会 その2
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/948812



◇ 「甲乱記」「理慶尼の記」「甲陽異聞録」

国史叢書 国史研究会
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/948812


◇ 「川中島五度合戦次第」

史籍集覧 第十四冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920363


■ 東海の戦乱

◇ 「美濃国諸旧記」

国史叢書 国史研究会T4
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/948838


◇ 「飛州軍覧記」「飛州千光寺記」「飛州三沢記」

史籍集乱 第十四冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920363




■ 近畿の戦乱

◇ 「勢州兵乱記」

史籍集覧 第二十五冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920418



◇ 「浅井日記」「浅井物語」

国史叢書 国史研究会T4
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/948832





■ 中国の戦乱


◇ 「安西軍策」

史籍集覧 第七冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3431174


◇ 「芸候三家誌」

国史叢書 国史研究会T7
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/948831




■ 四国の戦乱

◇ 「南海通紀」

史籍集覧 第七冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3431174




■  九州の戦乱


◇ 「豊薩軍記」

史籍集覧 第七冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3431174


◇ 「北肥戦誌(九州治乱記)」


国史叢書 国史研究会T7 第一巻
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3441745


国史叢書 国史研究会T7 第二巻
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3441746


◇ 「肥陽軍記」

史籍集覧 第十五冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920302


◇ 「大友公御家覚書」

国史叢書 国史研究会T5
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3441727



◇ 「島津家譜」「島津家代々軍記」

史籍集覧 第十五冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920302


◇ 「菊池伝記」

史籍集覧 第三冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3431170




■ 織田信長の合戦

◇ 「信長公記」

史籍集覧 第十九冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920322


◇ 「名古屋合戦記」「清須合戦記」

史籍集覧 第十三冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920348


◇ 「長篠合戦物語」

史籍集覧 第十三冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920348


◇ 「浅井三代記」「朝倉始末記」

史籍集覧 第六冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3431173


◇ 「高松城攻之物語」

史籍集覧 第十五冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920302




■ 豊臣秀吉の合戦

◇ 「太閤記」

史籍集覧 第六冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3431173


◇ 「佐久間軍記」

史籍集覧 第十三冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920348


◇ 「蒲生氏郷記」

史籍集覧 第十四冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920363




■ 徳川家康の合戦

◇ 「石田軍記」「仙道軍記」

国史叢書 国史研究会T3 
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/948827


◇ 「会津陣物語」

史籍集覧 第十四冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920363


◇ 「豊内記」

史籍集覧 第十三冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920348


◇ 「真田記」「真田氏大阪陣略記」

史籍集覧 第十四冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920363


◇ 「島原記」

史籍集覧 第二十六冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920433




■ その他

◇ 「毛利秀元記」

国史叢書 国史研究会T4
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3441722



◇ 「脇坂家伝記」

史籍集覧 第十五冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920302


◇ 「一柳家記」

史籍集覧 第十四冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920363


◇ 「有馬晴信記」

史籍集覧 第十五冊
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920302



2016年3月9日水曜日

とある福岡藩士のルーツ調査に携わりました! ~衝撃の合致度にちょっと興奮~

 最近は、大塚姓に関わりなく、氏族研究、ルーツ探しのノウハウを生かして、すべての苗字を対象に調査研究をしているのですが、このたび、とある福岡藩の藩士に関わるおうちの資料を拝読させていただき、大変貴重な経験をさせていただいた次第。



 もちろん、個人情報のことがあるので、該当の苗字については伏せさせていただきますが、


「そのお宅に残っている、家系図や該当人物の資料がしっかり書かれている」


ことと


「『福岡藩分限帳資料集成』に掲載されている人物名がほぼすべて合致する」


という、二重の意味で貴重な調査体験となりました。



 いやあ、すばらしいです。大体の場合は、「家に残っている伝承」は、あやふやなものが多く、「どこかに本質は残っているけれど、伝言ゲームのようにずれている」場合が大半なのですが、このおうちの場合は、


「なんでもかんでもかなり正確に記述されたものがある」


ということで、感服しました。


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 さすがは武家の家系だなあ、と思ったのですが、少し注意点や課題のようなものも見つかりました。

 特に武士の家系においては、上記のように「しっかりした資料が残っている状況じゃないとわからないこと」がたくさんあるように思います。


 そうした研究上のポイントや課題点をいくつか例示してみたいと思います。



① 苗字が変更になる場合が多い。

 武士はさすがに苗字を名乗れるだけあって「苗字を変えるのも簡単」なところがあります。桂小五郎が木戸孝允とかね。

 もちろん、「好きに変えられる」わけではなかったようですが、該当のおうちでは「命によりAからBに改める」みたいな感じで、


 なぜAからBなのか?


とか


 ちなみにAの経緯とBの経緯は?


とか、そういう情報が全くカットされていたりして、それはそれで難しいポイントだなあ、と思います。


 こういうのは、家の由緒書きにしか書かれていなければ、外部資料からはわかりません。

  
② 養子を入れることが多くて、ほとんどDNA的には繋がらなくなる。

  私は久留米藩士の家系図も研究していましたが、福岡藩でも「まあ、びっくりするほど養子が多い」のが実態です。3代とか4代変わると、もう別の家柄になるくらい養子が入ります。

 それほどまでに「家を守る」という意識と役職の継承が強かったのでしょうが、今日の感覚では考えられないほどDNA的にはバラバラな家系がひとつの苗字を継ぎます。


 そうすると、福岡藩分限帳集成を見る上では、古い時代から新しい時代まで同じ石高のAという苗字の人物が続いていると「ああ、おなじ家系の人たちなんだな」と思いがちですが、実際はびっくりするほど他人だらけになっていて、実はBからの養子、ここはCからの養子、たまにAの実子、みたいな継ぎ方をしていることがわかります。



 このあたりも外部資料の限界を感じます。私たちは苗字で基本的には家系を追いかけますが、養子を丁寧に記録した内部資料が見つからなければ、真実は遠い、ということもありえるわけで。


 まあ、江戸時代の人は「ボクの本当のお父さんは・・・」なんて二の次だったということでしょうか?



③ 誤記や代々の写し間違いがある。

  家伝と分限帳の記載を比較することで、写し間違いや誤記が発見されることが多々あります。土地名くらいだと、客観的資料から修正が可能ですが、人名だとまず難しいでしょうね。

「そういう人物がいた」


とこっちも思い込まざるをえない部分があるし・・・。


 
==========

 いずれにしても、ルーツ探しのポイントは常に


「私的資料、家の内部資料と公的資料との付け合せ」


がすべてである、ということですね。


 資料だけでなく、状況証拠においても、やはり「家の内部の伝承と、外部の状況の付け合せ」は必須です。


 どちらか一方を鵜呑みにするのも間違いです。



 いやあ、家系って本当に面白いですね。ではさよなら、さよなら、さよなら。











2016年3月7日月曜日

<117>「歴代鎮西志」と「歴代鎮西要略」における、大塚隠岐の記述を比較する

 しばらく新しい展開がなかった当家大塚氏についての記事だが、時間のあるときに「歴代鎮西志」と「歴代鎮西要略」の記述の違いをチェックしておこう。


 というわけで、以前に前半部分の「大塚氏」の由来のあたりについては終えているので、今回は神代長良の土生島の戦いにおける「大塚隠岐」の記述についてまとめてみる。


 ああ、この記事から読んだ人はなんのこっちゃさっぱりわからんと思うけど、ごめんちゃい。





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歴代鎮西志 

(四月)廿四日黎明 納富但馬守龍造寺美作守、并高木副島等兵 其員六百許。急取駆于土生島砦。

江上武種自東方、均来囲。三方重囲而大発鬨声。城中男女周章騒。不意之事也。納富信景特進攻寄城戸口也。長良曰、「我所欺乎。隆信已遭不意之囲。運命之所蹙(迫)也」

 当自殺云々。一族臣従頻諌焉。以令出去土生島長良依之。夜中出奔而入。金立山従者僅三人耳。土生島館者。神代左京亮、中野肥後、大塚隠岐、秀島伊賀、福所大蔵。古河帯刀等。



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歴代鎮西要略 巻第七下

(永祿年表 永祿八年乙丑)


(四月)廿四日黎明 納富但馬守龍造寺美作守、并高木別当等兵 其員六百許。急取駆于土生島砦。

 江上氏種自東方、均来囲三方。重囲而大発鬨声。城中男女周章騒。不意之事也。納富信景特進攻寄城戸口也。長良曰、「我所欺乎。隆信已遭不意之囲。運命之所蹙(迫)也」

 当自殺云々。一族臣従頻諌焉。以令出去土生島長良。夜中出奔而入。金立山従者僅三人耳。土生島館者。神代左京亮、中野肥後、大塚隠岐、秀島伊賀、福所大蔵。古河帯刀等。


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 両者を比較してみると、詳細な部分で差異はあるものの、基本的には丸ごと書き写しているらしき様子がわかる。句読点の打ち方と送りがなの加え方は、実はもう少し両者でばらけているのだが、白文レベルではほぼ同文だと言ってよいだろう。


 「北肥戦誌」では、もうちょっとだけ大塚隠岐が人間らしく描かれているのだが、歴代鎮西志、要略では名前のみである。



 それもなんとなく理由がわかっていて、このあと、長良家臣が1人ずつ壮絶に死んでゆくのだが、さすがに死に様はリアルに描かれる。この討ち死に場面では1人ずつの名前と様子が丁寧に記述されてゆくのである。


 しかし、大塚隠岐は、死なない。というか、死んだという記述がないのだ。これをもって私は、


「大塚隠岐は死んでいない」


と推理するのだが、いかがだろうか?!





2016年2月21日日曜日

黒田官兵衛のルーツを探しております。 ~黒田孝高のルーツの謎に挑む~

 NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」はすでに終わって久しく、今年の「真田丸」が盛り上がっている最中ですがいかがお過ごしでしょうか?


 真田丸のほうは歴史マニアからみれば突っ込みどころ満載なのですが、エンターテイメントとしては


超一級の出来


であることは間違いなく、 間違いなくおすすめの大河ドラマのひとつとなるでしょう。


 詳しいことは、長野において真田氏に中世城郭を追い出されたほうの「横尾氏」などをリサーチしているブログのほうでレポしているので、そちらをどうぞ。



 ちなみに、今年の大河の見所は



「現代語で喋る長澤まさみ」のラブコメ


です。 可愛いよね。まさみちゃん(^^


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 さて、官兵衛ちゃんは終わってしまったのに、故あって「官兵衛黒田氏のルーツ」をまだ追いかけています。専門家ですら太刀打ちできない黒田氏の謎について、果敢に挑んでいる大塚某ですが、この



大冒険



がのちにえらいことになるので、それはまた別のお話ということで。



 あ、ちなみに前回のブログでおしらせしました「ウンベルト・エーコ」に捧げる物語、はいよいよ執筆を開始しました。


こちら千本通文学研究室 ~シメオンの偽計~
http://senbon-bungaku.blogspot.jp/


不定期連載ですが、じわじわ面白くなります。たぶん(笑)






2016年2月20日土曜日

ウンベルト・エーコさんが逝去されました ~「薔薇の名前」は20世紀最高のミステリーのひとつ~

 映画にもなった小説「薔薇の名前」の作者、ウンベルト・エーコさんが84歳でお亡くなりになったそうです。


 ウンベルト・エーコ氏死去
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160220-00000005-jij_afp-int



 エーコさんは、一般的には「作家」として知られていますが、本職はもともと大学教授で、それも


「記号論(記号学)」


という、ちょっとばかし難解な領域を扱っておられたので、彼の書くミステリーは、その学問的ベースによって深みを増していたのですが、いやあ、薔薇の名前、面白かったなあ。


 ちなみに大塚某が、一番最初にその著作を知ったのはもちろんショーンコネリーの映画版(1986)でしたが、


 神秘的かつ緻密、理性的でありながら人間的でかつ清濁併せ持つドロドロ感


にすっかりハマってしまい、


「これは原作ではどう書いてあるんだ?」


と、イタリア語は読めないので(笑)日本語版書籍と、英語版ペーパーバックを読み比べながら、注釈作業を


途中で断念した(爆)


思い出の書であります(^^;;




==========




 さて、記号学者・キリスト教・大学教授というモチーフは、のちに「ダヴィンチコード」のロバート・ラングドン教授に受け継がれていることは、なーんとなくイメージできるところ。



 ダヴィンチコードシリーズの作家ダンブラウンがそれに言及しているかどうかは知りませんが、ちょっとウンベルト・エーコをかじった人はついつい


「ラングドン教授って、エーコがモデルなんだろうなあ」


と思ってしまうようです。




 ラングドン教授は、作品の中で、「宗教象徴学」を教えています。実際、ラングドンシリーズの「天使と悪魔」「ダヴィンチコード」などでは、バチカンとカソリックにまつわるいろいろなエピソードが虚実入り乱れながら描かれており、これまたマニアにとっては


「おお、現代版”薔薇の名前”みたいやな」


と思わずにはいられません。



 ・・・で。


 もうすでにお気づきのとおり、ワタクシ大塚某は、エーコもファンだし、ダンブラウンもファンです。


 このブログが「俺ん家コード」というタイトルなのも、源流はそのあたりにあるわけです。


 いま、現実に中世の時代に立ち戻っては、「氏族についての謎解き」をやっているわけですが、それはまさに、


「薔薇の名前やダヴィンチコードの世界を地でいっている」


のとおなじ。(ただし、日本版ですが 笑)





===========


 さて、今日、エーコさんの逝去のニュースに触れて、構想2年ぐらいかけて考えていた話を、いよいよ書き始めようと決意を新たにしたところ。



 世界的作家のエーコさんや、ブラウンさんには及ばないのは承知の上で、ワタクシなりに書きたいものを書上げていこうと思っています。


 ずっと「書こう、書こう」と思っていて、そのまま熟成されていたわけですが、大好きなエーコさんに背中を押してもらったつもりで、東洋の小さな国のちょっとばかし歴史に目覚めた男子が、彼を目標に追いかけるスタートを切る、というわけです。



 さて、書きあがった頃には、無事


「日本版 薔薇の名前」や「日本版 ダヴィンチコード」


になれるような作品が出来るでしょうか?!



 こうご期待、というわけで。




 ブログシステムを用いて書く小説「こちら千本通文学研究室 ~シメオンの偽計~」は、すでに



こちら千本通文学研究室 ~シメオンの偽計~ 
http://senbon-bungaku.blogspot.jp/



に場所だけは確保してあります。2015年5月16日に、開設だけはしてあるのですが、そのままほったらかしにしてあるので、近日まじめに動き出します。



 気が向いたら、そっちのほうもたまにチェックしてみてくださいませ。







2016年2月13日土曜日

<姓氏家系>完全網羅 苗字 武藤姓・武藤氏・武藤さんのすべて! 全武藤氏族 由来・ルーツ 超まとめスペシャル

 今回の記事は、九州少弐系の氏族を中心としながら、横の広がりを調査するためにまとめたものです。


 全国の武藤氏・武藤さんにまつわる先祖のルーツを完全網羅しています。

 抜けているもの、未調査のものは、随時加筆しています。
(最終更新 2016.2.1)


☆個別の御家のルーツについてより詳しく知りたい方は、記事下部の
「苗字・名字の由来と先祖探しのアドバイスをします」
よりご依頼ください☆



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★ 参考文献 ★

 今回のリスト制作に当たっては、以下の参考文献を元に作成した。

 ① 「寛政重修諸家譜」 索引ならびに影印本 近代デジタルライブラリー 国立国会図書館

    http://kindai.ndl.go.jp/

 ② 「家紋でたどるあなたの家系」 千鹿野茂  八木書店

 ③ 「続・家紋でたどるあなたの家系」 千鹿野茂  八木書店

 ④ 「姓氏家系辞書・姓氏家系大辞典」 太田亮 近代デジタルライブラリー版

 ⑤ 「日本の苗字7000傑」  http://www.myj7000.jp-biz.net/
 

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 今回のリストは、上記参考文献を元に、全国各地に散らばる「吉田姓」「吉田氏」について、なるべく重複を避ける形でわかっていることを列記したものである。

※ 寛政譜に記載のある場合、数字においては【八木書店版】「寛政重修諸家譜」の巻数を表す。

【  】内についてはわかるかぎりの家紋を示した。


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A  武藤氏  武蔵国の藤原秀郷流、あるいは武者所の藤原氏より。【五三桐】【藤菱】


B  武藤氏  伊予北条・河野氏より武藤氏 四国地方。


C  武藤氏  清和源氏義光流 武田氏族


D  武藤氏  滋野氏流より海野氏族武藤氏。信濃地方。【六連銭か】


E  武藤氏  称海野氏流真田氏より、武藤姓。信濃地方 Dと同族か?


E  武藤氏  武田氏族大井氏より、武藤姓。


F  武藤氏  伊豆国造一族より三島神主家流武藤氏。


F  武藤氏  藤原秀郷流より近藤氏族(少弐氏の源流) 【目結】


G  武藤氏  九州少弐氏のうち武藤復姓。【目結】





そのほか、武藤姓の家紋では


【対藤菱】

【下り藤】



などを用いるものがある。


 この他は現在調査中。

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<特集で紹介されました~>

「こんなの見たことない!」ワクワクするユニークなサービスまとめ

http://coconala.com/featured/entry/4372



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<新サービス開始>

「戦国武将・歴史上の人物に出会う旅! ~あなたと偉人を繋げます~」

https://coconala.com/services/47988



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