2015年9月14日月曜日

<日常>2015 鬼怒川大洪水・水害 〜姓氏家系研究で、災害は予防できるか?〜

 先日の関東・東北地方での大水害については、広範囲で甚大な被害が起き、心を痛めています。

 被害に遭われた方には、心よりお見舞い申し上げます。


 さて、特に鬼怒川などでの河川氾濫・堤防決壊などの映像をみて、東日本大震災での津波の映像を思い起こした方も多いと思いますが、水害被害が甚大であれば「まるで津波のように町が水に沈む」というわけではなく、厳密に言えばその表現は間違いであると言えます。


 そうではなくて、「関東の平野における水害とは、本来もともと海だった地域を開墾して農地や宅地にしているだけで、町が水に沈んだのではなく、もともと水に沈んでいた場所が町になったのだ」という言い方のほうが正しいことになります。


  というわけで、水害想定地域=津波想定地域という図式が成り立ち、一旦水の被害が出ればそれはすなわち津波のような状況になる、というのは当たり前のことなのかもしれません。


 このあたりの解説は、JBPressさんの記事でとてもわかりやすいものがあったので紹介しておきます。



鬼怒川で起きた大洪水を歴史と科学で検証する 

〜水を治めてきた先達の知恵を疎かにしていないか〜

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44777






 さて、まちづくりや土木の世界では、「ここの地盤は強いとか弱い」といった判断や、「ここは埋立地である」という開発の視点や、「この町の降水量がどうのこうの」といった現代における科学的な見方で災害を防ごうとしています。


 ところが、こうした考え方だけでは、自然災害には太刀打ちできない、ということがだんだんと明らかになってきました。


 昨今取り沙汰されている「富士山が噴火するのかどうか」といった問題や課題も、今現時点で地質的にどうこう言うのではなく、これまで歴史上何回噴火したのかとか、そのスパンがどうだったのかという、


 かなり長期に渡っての歴史学的見地からの判断


が求められるようになってきているわけです。



 少なくとも、「この火山の噴火ペースがどのくらいか」とか「この地点は津波が来たことがあるのかないのか」とか「ここはもともと海なのか川なのか」といった考え方は、


近代・現代


の視点ではまったく太刀打ちできません。


 そうです。自然災害を予見しようと思えば、明治大正昭和の記録ではとうてい判断できず、江戸時代以前の近世・中世・中古・古代といった


超ロングスパンでの見地


が欠かせなくなっているわけです。


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 さて、私はふだん姓氏や家系・名字について調べていますが、苗字調べの中でそうした自然災害の痕跡やデータに遭遇することが多々あります。


 具体的な事例は個人情報のこともあるので差し控えますが、「苗字調べ・ルーツ調べ」を依頼してくださった実例の中に、実は大災害や大津波、地震などが大きく関わっていたという事実が存在していました。


  なぜ、そうしたことが生じるのか。


 理由は簡単です。


 苗字調べをしていると、ある氏族が大きく本拠地・本貫地を変更している・移動している事例に出くわします。


 この理由に当たる事実はいくつかパターンがあるのですが、中世以前の古い時代であれば


「A氏族がどこそこの守護・地頭などに任命された」

とか、近世以前であれば


「どこそこ藩主の領地替えに連動して移動した」


とか、そうした任官・職業・身分に関わる本拠地の移動がデータとして浮かび上がってくるわけです。



 ところが、そうした移動の中に、任官を伴わないものが存在することが出てくるのです。

「Aという氏族が、なぜかある時期に本拠地を移動している」


とか


「Aという氏族が、ある時期に2つや3つの集団に分派している」


とか


「関連氏族がごっそり違う土地へ移動している」


といった事例です。



  ここに、災害が存在するわけです。


 阪神大震災以来、仮設住宅を作るという方法が一般的になり、東日本大震災においては低地から高地への集団移転という手法もとられるようになりましたが、まったく同じで、


中古中世江戸時代に至るまで、おなじように「氏族が災害のために移転した」


痕跡がちゃんと残っているということがわかるのです。


 これらの事例の解析がなぜ重要かというと、こうして移動・移転した氏族は、


「災害を生き残って、生き延びた側のデータ」


を有しているからです。


 滅んでしまった氏族は、移動や移転の記録を持ちませんが、生き延びて生き残ったからこそ、氏族の歴史のなかに違う土地へ移った痕跡が残るわけです。


 そして、その分布を現代のそれを比較すると、今現時点で災害は起こっていないけれど、


「このA地点が問題ありで、その結果安全なB地点へ移った」


といったことも解析できることがわかってきました。


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 これをうまく活用すれば、災害に対する姿勢がおおきく変わると思います。

 これまでは

「なんとかという市でその昔川が氾濫して、洪水が起こったよ」という語り口調だったので、日本昔話レベルでしか誰も話を聞かなかったのが、


「どこそこで川が氾濫して、山田一族や鈴木一族は高台に移転して助かったので、山田さんあなたはその時の生き残った先祖の子孫です。なので、あなたは今ここに存在しますよ」

とか

「別の氏族はそのまま洪水で滅亡したので、この町には鎌倉時代まではなんとかさんが存在していたけど、みんな消えてしまいました」


とか、そういう認識になると、防災に対する心がまったく新しいものになると考えるのです。


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 現在の私の研究では、さすがに災害や事変のすべてを網羅するほどではありませんが、いち氏族の動向からそうした異変を察知することは可能になっています。


 これらの異変には、「一揆が起きた」とか「動乱があった」とか、自然災害以外のものも含まれます。

 一揆が起きれば、それまでの農民指導者層から別の指導者層へと権力が移りますし、動乱があれば氏族が離散する方向へ移動します。


 こうした事例を積み重ねてゆけば、「問題ないと思われている地点」の災害予知などにも活用できるかもしれません。


 





2 件のコメント:

  1. そうっか。

    戦でもないのに一族が地方移住は、天変地異で引っ越しの可能性もあるんだ。

    逆に史料から天変地異の規模を検証する動きもあるみたいですね。
    (テレビでチラ見しただけで、どこの研究所か忘れちゃったil||li _| ̄|○ il||l)

    地理的要因から歴史を研修?研究する分野(地政学)もあるらしいし、歴史って深いですね^^

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  2. やはり、沿岸部にもともとの本拠地があった一族は、高地というかより山に登った地域にもおなじ苗字の分布があったりすることがあります。

    分布だけ見ていると「ただ広がっているのかな」と単純に思いがちなのですが、ある庄屋さんの場合は、高台に100年近く住んでいるのに、災害が起こるとわざわざ海のほうまで見に行って藩に報告を挙げているんです。

    なんでそんなことをしているのかと考察すると、「そもそも海側の所領がこの庄屋(つまり元武士)の本領だった」ということがわかると全部繋がってくるんです!

    彼らにとっては、年月が経とうがやっぱり本領は大切にしていて、でも生活の拠点は高台に移っている、ということみたいなんですね。

    そういう人と土地の歴史を知っていると、現代においても津波の被害とか、そういうものは減らせると思うのですが・・・。

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