2017年1月16日月曜日
発見!NHK大河ドラマ真田丸、幸村最期のそばに大塚氏がいた?!スペシャル!
いやああああ!終わってしまってからの大発見。なんということでしょう。
昨年一年間私たちを多いに楽しませてくれたNHK大河ドラマ真田丸ですが、最終回の第50回で
幸村・作兵衛、そしてきりちゃんのお父さん高梨内記が最期を遂げる
シーンがあったのはまだ記憶に新しいところ。
幸村は最期、ドラマでは明確に描かれないものの、佐助と疲れた表情で座り込んだシーンがが忘れられませんが、なんとその横に
実は大塚氏がいた!!!!
というのですから「真田丸ファンの大塚さん」は黙っていられませんね。
そしてなんとこの資料!灯台もと暗しとはこのことで、
「幸村を最終的に討った西尾仁左衛門」の話
が書かれているまさにその場所だったのであります!!!なんてこった!
では、いきましょう!!
出典は、「徳川諸家譜 4 越前家支流美作津山松平(忠直)」の項です。
『真田左衛(門佐脱)身数瘡を蒙り猶縦横馳突す。西尾仁左衛門槍を接して之に克其首を得たり、真田勘解由、大塚清安、高梨主膳等一所にて戦死す』
おなじ話が、 「武辺咄聞書 7話」にも出てきます。
『左衛門佐は秀頼 御馬の出る事の延引を待かね、大助を人質に本丸へ入ける。其跡にて軍始りしかは、真田勘解由・大塚清安・高梨主膳と一所に左衛門佐討死す。』
高梨主膳は、内記(きりちゃんのお父さん)ですね。ドラマでは、昌幸の位牌を握りしめながら、徳川勢と戦って亡くなりました。よよよよ(泣)
真田勘解由は、のちの時代にお通の孫「真田信就」が勘解由を名乗りますが、これは別人です。
おそらく血縁ではなく、真田姓を与えられた家臣だと考えられています。
==========
さてこの大塚清安。かなり謎があって、別資料では九度山へ従い、かつ幸村と一緒に死んだメンバーとしては
「青柳清安(あるいは清庵・千弥)」
と書かれている人物がいます。
「銕醤塵芥抄」ではこんな感じ。
『真田勘ヶ由、大塚清兵衛、高階主膳、海野小平太、望月善太夫、禰津小六、山岡軍平、柏田玄仲、角輪佐吉、利光久兵衛、沼田清次郎、真田権太夫、森川隼人、瀧川平大夫、丹生弥二郎、星田勘平、馬淵六郎大夫』
ここでは大塚清兵衛が登場ですが。
「真武内伝追加」では、こうなります。
『真田組子真田与左衛門、江原左平太、福岡平三郎、本郷左近、早川平左衛門、真田勘ヶ由、青柳清安、高梨主膳、幸村公が危きを見て、中に隔り枕をならべ討死す』
こうして並べると、なーんか大塚清安は、記述が混じって出来た人物っぽい感じもするし、気になりますね。
調査続行!
2016年6月8日水曜日
全国の大塚さんたち!クライマックスが待ちきれない! 聞いて驚け”真田丸”最後の戦地は「大塚城」だったスペシャル!
前回は、真田の家臣に「大塚氏」がいた、あるいは真田と遠縁の「大塚一族」がいたお話でしたが、今回は氏族とは無関係です。
ですが、全国の大塚さんたちが多いに盛り上がりそうなこのお話。
NHK大河ドラマ「真田丸」のクライマックスが待ち遠しい、地名の
「大塚城」
についてのご紹介です。
大阪城の戦いにおける「真田丸」といえば、真田信繁が大阪城から外に出て築いた出城としての「真田丸」が有名ですが、 実は、真田の戦いのすごさは、
「真田丸じゃなくて、大塚城」
でそのクライマックスを迎えること、知ってました?
というのも、真田丸の戦いは、一回目の「大阪冬の陣」でのお話、だからです。
実際に信繁たちが滅びることになる「大阪夏の陣」は、2回目の戦いですから、ここで要注意なのです。
2回目の戦いでは、信繁は真田丸を使っていない!!!!ババーン!
と言えば、みなさん驚くことでしょう。
そうなんです。
真田氏の2回目の戦いでは、真田丸はあんまり関係ないことになっちゃってるのです。
では、真田丸の真の舞台は何処だったのか?!
それが、現在茶臼山古墳として知られる、其の名も
「大塚城」
なのであります!
ウィキペディアより大塚城
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%A1%9A%E5%9F%8E
この大塚城、実は大阪の陣を象徴するような城で、
1回目の大阪冬の陣では、家康の本陣
が置かれます。
そして
2回目の大阪夏の陣では、真田の陣
が置かれるのです!!!
どっちから見ても最前線!!!特捜最前線です!!!(←古いわ)
陣形については、ウィキペディアをご参照ください。
ウィキペディアより大阪の陣
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%9D%82%E3%81%AE%E9%99%A3
(画像はウィキペディアからの引用です)
ちょうど一番でかい赤い凸型のあるところ、そこが大塚城(茶臼山)です。
冬の陣では、ここに家康がいます。
(画像はウィキペディアからの引用です)
そしてなんと!大阪夏の陣では堺雅人が大塚城にいるのです!!!!
ちなみに、絵図では、信繁の下に、愛之助の息子「大谷吉治」の名前も。ノリカのこどもではないので、あしからず。
いやあ、クライマックスが待ち遠しいですね!!!
ですが、全国の大塚さんたちが多いに盛り上がりそうなこのお話。
NHK大河ドラマ「真田丸」のクライマックスが待ち遠しい、地名の
「大塚城」
についてのご紹介です。
大阪城の戦いにおける「真田丸」といえば、真田信繁が大阪城から外に出て築いた出城としての「真田丸」が有名ですが、 実は、真田の戦いのすごさは、
「真田丸じゃなくて、大塚城」
でそのクライマックスを迎えること、知ってました?
というのも、真田丸の戦いは、一回目の「大阪冬の陣」でのお話、だからです。
実際に信繁たちが滅びることになる「大阪夏の陣」は、2回目の戦いですから、ここで要注意なのです。
2回目の戦いでは、信繁は真田丸を使っていない!!!!ババーン!
と言えば、みなさん驚くことでしょう。
そうなんです。
真田氏の2回目の戦いでは、真田丸はあんまり関係ないことになっちゃってるのです。
では、真田丸の真の舞台は何処だったのか?!
それが、現在茶臼山古墳として知られる、其の名も
「大塚城」
なのであります!
ウィキペディアより大塚城
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%A1%9A%E5%9F%8E
この大塚城、実は大阪の陣を象徴するような城で、
1回目の大阪冬の陣では、家康の本陣
が置かれます。
そして
2回目の大阪夏の陣では、真田の陣
が置かれるのです!!!
どっちから見ても最前線!!!特捜最前線です!!!(←古いわ)
陣形については、ウィキペディアをご参照ください。
ウィキペディアより大阪の陣
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%9D%82%E3%81%AE%E9%99%A3
(画像はウィキペディアからの引用です)
ちょうど一番でかい赤い凸型のあるところ、そこが大塚城(茶臼山)です。
冬の陣では、ここに家康がいます。
(画像はウィキペディアからの引用です)
そしてなんと!大阪夏の陣では堺雅人が大塚城にいるのです!!!!
ちなみに、絵図では、信繁の下に、愛之助の息子「大谷吉治」の名前も。ノリカのこどもではないので、あしからず。
いやあ、クライマックスが待ち遠しいですね!!!
2016年1月10日日曜日
大河ドラマ「真田丸」いよいよスタート! 真田丸ズバリ解説!武田はどうして偉いのか?!
待ちに待った2016年大河ドラマ「真田丸」がいよいよ始まりましたね~。
まるまる1年間のブランクを経て、当ブログに大河ドラマ解説の記事が帰ってきました!わーいわーい。
このブログでも公言しておりましたが、基本的にアンチ幕末な大塚某なので、
「戦国大河」
が帰ってきたことは嬉しくてたまりません。
というわけで、第1回の真田丸の補足がてらズバリ解説!をお届けしたいと思います。
<ズバリ解説!1> そもそも今回の真田丸のスタートはいつの時点やねん!!
物語は天正10年からはじまりました。真田氏が使えている親方さまは「武田氏・武田勝頼」です。
これを見て、一般の人たちは「あーなんか、織田信長が武田の騎馬隊と戦ったらしい話は聞いたことあるよな~」と、武田の名前を思い出すところだと思います。
そうそう、その武田!と言いたいところですが、実はそのお話火縄銃の三段打ちVS武田騎馬隊の長篠の戦いは天正3年ですから、もう7年も前の話。
すでに織田方と武田方の勝敗は決しているわけで、今回武田さんは、すごすごと逃げも隠れもしていますが、それもそのはず、
もう最後の瀕死の状況から、ドラマはスタートしたわけなのです。
歴史ファンとしては、武田騎馬隊が負けて織田が優勢に進んでいる中での、現在のこの落ち目な状況、というあたりに一言触れてほしかったような。
とまあ、いきなり武田さんが、ズダボロ状態なのは、そういう文脈で押さえて下さい。
<ズバリ解説!2> そもそも、武田ってなんですごいの?
さて、戦国時代といえば、やはり武田信玄を始めとする武田氏のネームバリューです。「信長の野望」シリーズから戦国マニアになる方も多いようですが、ワタクシ大塚某は、なんとやったことがありません(笑)
「風林火山」の言葉とか、カッコいいし、信玄は確かに強いし、
「なんか武田って凄いぜ、武田って偉いんだぜ」
というイメージがあると思います。
しかし、苗字研究家からすると、武田氏の凄さというか家柄の凄さはそこではナイのです。
それを紐解くには、少しだけ日本史の勉強に立ち戻りましょう。
1192(いいくに)つくったらしい鎌倉幕府の主人公は、言わずと知れた源頼朝ですね。この源頼朝は、もとを正せば
清和天皇末裔、清和源氏・河内源氏の系統ですから、相模国鎌倉に根付いたこの源氏は、
清和源氏・河内源氏・相模(鎌倉)源氏のみなもと氏
とでも呼ぶことができます。
さて、鎌倉幕府の次の幕府は、室町幕府ですね。室町幕府は、足利氏によって開かれましたが、足利氏のルーツを辿ると、これまた清和源氏・河内源氏になります。
とすれば、その所領をもって
清和源氏・河内源氏・下野(足利郷)源氏の足利氏
とでも呼べるわけです。
さあ、そこで武田氏です。武田信玄を代表とする武田氏は、またまたまた清和源氏・河内源氏であり、その所領常陸那珂郡武田郷をもって
清和源氏・河内源氏・常陸源氏の武田氏
と呼んでも差し支えない、ということになります。
ところがここに一つだけポイントがあって、この武田氏、常陸の国から、一度甲斐国に流刑になった縁で、甲斐に根付きます。
そこで、この一派は常陸源氏ではなく、「甲斐源氏」と呼ばれるわけですが、武田氏はその後正式に甲斐守護を任官しますので、たしかに
甲斐を所領とする武田氏
となったのです。
ここまでくるとなんとなくわかりますね?鎌倉源氏が鎌倉幕府を開き、足利源氏が室町幕府を開いたのだから、甲斐源氏の本家本流である武田氏は
世が世であれば甲斐武田幕府を開いても全然おかしくない
レベルの家柄だったことがわかります。
そうですとも!織田や徳川よりも、かなり本物に近い「源氏の武家のトップである正統後継者(候補)」ですから、 凄くて偉かったわけですね。
・・・今日のドラマでも、武田勝頼は結局「甲斐を出るわけにはいかない」と逃げそびれたわけですが、信玄公うんぬんどころの騒ぎではなく、
「甲斐武田の本領たる甲斐を出ることは、甲斐源氏の名を捨てることにも等しい」
重要な決断だった、ということになるのです。
============
というわけで、第一回にふさわしい濃い話をしてしまいましたが、学生のみなさん!!
安心してください!テストには出ませんから!!
(とにかく明るい大塚某)
==========
<お知らせ>
2016年大河ドラマ「真田丸」を毎回つっこむ新連載
【NHK大河連動 ”今日の『真田丸』”】ブログ
は、長野県・信濃周辺を重点的に調べている
のブログに移行します。真田丸関係は、こちらのブログでお楽しみくださいね!
大塚系ブログは、九州に軸足をおいて連載を続けます。
まるまる1年間のブランクを経て、当ブログに大河ドラマ解説の記事が帰ってきました!わーいわーい。
このブログでも公言しておりましたが、基本的にアンチ幕末な大塚某なので、
「戦国大河」
が帰ってきたことは嬉しくてたまりません。
というわけで、第1回の真田丸の補足がてらズバリ解説!をお届けしたいと思います。
<ズバリ解説!1> そもそも今回の真田丸のスタートはいつの時点やねん!!
物語は天正10年からはじまりました。真田氏が使えている親方さまは「武田氏・武田勝頼」です。
これを見て、一般の人たちは「あーなんか、織田信長が武田の騎馬隊と戦ったらしい話は聞いたことあるよな~」と、武田の名前を思い出すところだと思います。
そうそう、その武田!と言いたいところですが、実はそのお話火縄銃の三段打ちVS武田騎馬隊の長篠の戦いは天正3年ですから、もう7年も前の話。
すでに織田方と武田方の勝敗は決しているわけで、今回武田さんは、すごすごと逃げも隠れもしていますが、それもそのはず、
もう最後の瀕死の状況から、ドラマはスタートしたわけなのです。
歴史ファンとしては、武田騎馬隊が負けて織田が優勢に進んでいる中での、現在のこの落ち目な状況、というあたりに一言触れてほしかったような。
とまあ、いきなり武田さんが、ズダボロ状態なのは、そういう文脈で押さえて下さい。
<ズバリ解説!2> そもそも、武田ってなんですごいの?
さて、戦国時代といえば、やはり武田信玄を始めとする武田氏のネームバリューです。「信長の野望」シリーズから戦国マニアになる方も多いようですが、ワタクシ大塚某は、なんとやったことがありません(笑)
「風林火山」の言葉とか、カッコいいし、信玄は確かに強いし、
「なんか武田って凄いぜ、武田って偉いんだぜ」
というイメージがあると思います。
しかし、苗字研究家からすると、武田氏の凄さというか家柄の凄さはそこではナイのです。
それを紐解くには、少しだけ日本史の勉強に立ち戻りましょう。
1192(いいくに)つくったらしい鎌倉幕府の主人公は、言わずと知れた源頼朝ですね。この源頼朝は、もとを正せば
清和天皇末裔、清和源氏・河内源氏の系統ですから、相模国鎌倉に根付いたこの源氏は、
清和源氏・河内源氏・相模(鎌倉)源氏のみなもと氏
とでも呼ぶことができます。
さて、鎌倉幕府の次の幕府は、室町幕府ですね。室町幕府は、足利氏によって開かれましたが、足利氏のルーツを辿ると、これまた清和源氏・河内源氏になります。
とすれば、その所領をもって
清和源氏・河内源氏・下野(足利郷)源氏の足利氏
とでも呼べるわけです。
さあ、そこで武田氏です。武田信玄を代表とする武田氏は、またまたまた清和源氏・河内源氏であり、その所領常陸那珂郡武田郷をもって
清和源氏・河内源氏・常陸源氏の武田氏
と呼んでも差し支えない、ということになります。
ところがここに一つだけポイントがあって、この武田氏、常陸の国から、一度甲斐国に流刑になった縁で、甲斐に根付きます。
そこで、この一派は常陸源氏ではなく、「甲斐源氏」と呼ばれるわけですが、武田氏はその後正式に甲斐守護を任官しますので、たしかに
甲斐を所領とする武田氏
となったのです。
ここまでくるとなんとなくわかりますね?鎌倉源氏が鎌倉幕府を開き、足利源氏が室町幕府を開いたのだから、甲斐源氏の本家本流である武田氏は
世が世であれば甲斐武田幕府を開いても全然おかしくない
レベルの家柄だったことがわかります。
そうですとも!織田や徳川よりも、かなり本物に近い「源氏の武家のトップである正統後継者(候補)」ですから、 凄くて偉かったわけですね。
・・・今日のドラマでも、武田勝頼は結局「甲斐を出るわけにはいかない」と逃げそびれたわけですが、信玄公うんぬんどころの騒ぎではなく、
「甲斐武田の本領たる甲斐を出ることは、甲斐源氏の名を捨てることにも等しい」
重要な決断だった、ということになるのです。
============
というわけで、第一回にふさわしい濃い話をしてしまいましたが、学生のみなさん!!
安心してください!テストには出ませんから!!
(とにかく明るい大塚某)
==========
<お知らせ>
2016年大河ドラマ「真田丸」を毎回つっこむ新連載
【NHK大河連動 ”今日の『真田丸』”】ブログ
は、長野県・信濃周辺を重点的に調べている
横尾さんのルーツ ~ご先祖様探しと家系調査ミステリー不思議発見!~ The roots of samurai yoko.
http://53kiri-yokoo.blogspot.jp/
のブログに移行します。真田丸関係は、こちらのブログでお楽しみくださいね!
大塚系ブログは、九州に軸足をおいて連載を続けます。
2015年7月11日土曜日
<話題> なんと!くずし字が自動で解読できる時代?! ~来年の大河は「真田丸」~
いよいよ来年の大河ドラマ「真田丸」の出演者陣が決まり始めており、楽しみになってきたところですが、いかがお過ごしでしょうか?
2016年大河ドラマ「真田丸」出演者発表
http://www2.nhk.or.jp/pr-movie/detail/index.cgi?id=07_0003#1412
真田幸村ちゃんこと堺雅人さんはさておき、
なぜか大泉洋ちゃんが真田信之とか(^^
個人的には、藤岡弘、の 本多忠勝が気になって仕方ありません(笑)ていうか、藤岡さん大河ドラマ21年ぶりらしいです!
というわけで、来年の大河は、昨年のように新年より当ブログでも追いかけてゆくつもりなので、よろしくお願いします。
==========
さて、この夏とっても面白い情報が飛び込んできました。
それは凸版印刷さんのプレスリリースなのですが、
凸版印刷 くずし字解読するOCR発表
http://www.toppan.co.jp/news/2015/07/newsrelease150703_2.html
とのこと。われら日本文学・日本史専攻者にとっては、
すっげーーーーーーー!!!
という時代の幕開けのようで(笑)
くずし字というのは、本来は「変体かな」や「草書体」というものなのですが、なんせ近世以前の人には
楷書という発想がない
のです。 なので、自筆でも印刷物でも、ぜんぶ「くずし字で書いてある」のが普通!それを読みこなすのは、日本史研究の上でとても重要かつ難解なのでありました。
ところが、OCRである程度読んでくれれば、解読スピードが大幅にアップすること間違い無しです。 これは楽しみな技術ですね。
そもそも、人間が読み解く「くずし字解読」も、実は技能の根幹部分はパターン認識です。
この形のくずし字は、本来この字であるというパターン化された経験則があれば、解読の速度と精度が飛躍的に上がるので、コンピュータ向きかもしれません。
(実際、くずし字辞典はよりたくさんの用例が載っていることに意義があります。つまり、パターンマッチングなのですね)
ただし、気になるのはリンク先にあるくずし字の実例なのですが・・・・。
あまりに美しいくずし字の見本なので、
これやったら誰でもすぐ読めるわーーーー!!!!
と突っ込みたくなるのは私だけでしょうか?(笑)
ぜひ、もっと難解なやつにも対応できるよう、お願いしますね。
==========
さて、それはともかく、IT技術と古典を結びつけるといういわば「情報日本文学」「情報国文学」という領域・ジャンルはまだ学問的に確立していません。
研究段階としてはプロジェクトがいろいろあることと思いますが、これから「古典とテキスト」の問題とか、研究テーマがたくさん生まれてくるように想像します。
あー、私が研究者として生きていれば、絶対この分野を絡めていただろうなあ。と思いますが、残念ながらそれは空想のお話。このあたりのことは、また別にお話する機会を設けたいと思っています。
では。今日のところはこれくらいで。
2016年大河ドラマ「真田丸」出演者発表
http://www2.nhk.or.jp/pr-movie/detail/index.cgi?id=07_0003#1412
真田幸村ちゃんこと堺雅人さんはさておき、
なぜか大泉洋ちゃんが真田信之とか(^^
個人的には、藤岡弘、の 本多忠勝が気になって仕方ありません(笑)ていうか、藤岡さん大河ドラマ21年ぶりらしいです!
というわけで、来年の大河は、昨年のように新年より当ブログでも追いかけてゆくつもりなので、よろしくお願いします。
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さて、この夏とっても面白い情報が飛び込んできました。
それは凸版印刷さんのプレスリリースなのですが、
凸版印刷 くずし字解読するOCR発表
http://www.toppan.co.jp/news/2015/07/newsrelease150703_2.html
とのこと。われら日本文学・日本史専攻者にとっては、
すっげーーーーーーー!!!
という時代の幕開けのようで(笑)
くずし字というのは、本来は「変体かな」や「草書体」というものなのですが、なんせ近世以前の人には
楷書という発想がない
のです。 なので、自筆でも印刷物でも、ぜんぶ「くずし字で書いてある」のが普通!それを読みこなすのは、日本史研究の上でとても重要かつ難解なのでありました。
ところが、OCRである程度読んでくれれば、解読スピードが大幅にアップすること間違い無しです。 これは楽しみな技術ですね。
そもそも、人間が読み解く「くずし字解読」も、実は技能の根幹部分はパターン認識です。
この形のくずし字は、本来この字であるというパターン化された経験則があれば、解読の速度と精度が飛躍的に上がるので、コンピュータ向きかもしれません。
(実際、くずし字辞典はよりたくさんの用例が載っていることに意義があります。つまり、パターンマッチングなのですね)
ただし、気になるのはリンク先にあるくずし字の実例なのですが・・・・。
あまりに美しいくずし字の見本なので、
これやったら誰でもすぐ読めるわーーーー!!!!
と突っ込みたくなるのは私だけでしょうか?(笑)
ぜひ、もっと難解なやつにも対応できるよう、お願いしますね。
==========
さて、それはともかく、IT技術と古典を結びつけるといういわば「情報日本文学」「情報国文学」という領域・ジャンルはまだ学問的に確立していません。
研究段階としてはプロジェクトがいろいろあることと思いますが、これから「古典とテキスト」の問題とか、研究テーマがたくさん生まれてくるように想像します。
あー、私が研究者として生きていれば、絶対この分野を絡めていただろうなあ。と思いますが、残念ながらそれは空想のお話。このあたりのことは、また別にお話する機会を設けたいと思っています。
では。今日のところはこれくらいで。
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